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古典の読み方

学校の授業で古典が出てきてチンプンカンプン。何言ってんだこいつはといつも頭を悩ませていた。
古典(古文・漢文)なんて一生役に立たねえよと思いながら学生生活を終了したわけだが、生活していると何かと古典にたどり着くことが多かったりする。たどり着かないよと思っている人が多数だろうが、書かれていることを知らないだけで実は古典にしれっと書かれていることがしばしば。

およそ古典は数百年、数千年読み継がれてきた本で、それだけ不変的な内容で内容のしっかりした物なのだ。そこらへんの雑書とは違うのだよ

わしが古典を読み始めてから早一年。古典を読もうと思ったけどなかなかハードルが高い。そう思うことがしばしばあった。

ああ読もう、こう読もう、いくつか試したが、結局のところこれがいいんではないかという読み方に辿り着いた

今なおハードルが無いわけではないが、ハードルの越え方を知っているのと知らないのでは雲泥の差だろう。そんなハードルが高い古典の読み方の一つの方法を書いていく

*今回の内容は学校の勉強や研究などに使える読み方ではなくて、楽しむ、身に沁みさせる読み方なので予めご了承を

目次

今まに試した読み方

現代語訳だけ読む

日本の古典なら、原文と現代語訳の二種類。
中国の古典なら、原文(漢文)と書き下し文と現代語訳の三種類が書かれているのが一般的だろう

はじめて古典を読もうとするなら、現代語訳だけ読んでいればいいやって思うわけ。

現代語訳だけを読んでいる状態で書き下し文を見ると、おや?これは?書き下し文だけを読んでいる状態で現代語訳を見ると、おや?これは?となることがしばしばある。

なにに引っかかったと言えば、解釈の違いである。
つまりは、現代語訳だけを読んだ場合と書き下し文だけ読んだ場合では解釈が違うのである

何故そんなことが起きるかというと、現代語訳は翻訳者というフィルターが入るので翻訳者の考えや思想が間に詰まっているからである。特に古典は、原本があって誰かの解説書があって、その両方を吟味して現代語訳を作っていることが多いので、現代語訳と原文の間には解説書の著者と翻訳者の二重フィルターが入っていることになる。

とっつきやすいのは現代語訳だが、フィルター濾しにしか古典を味わえない。

 

さらにいくつか。
現代語訳しか読まなかった場合、別の古典を読むときの糧とならないし、現代語訳は文字量が多く逆に理解しにくいことがある

孫子に『凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ』とある

講談社学術文庫の孫子の現代語訳では『奇』の意味をうまく伝わるように訳せなかったので『奇』の解説で4ページも使っている。

鬼谷子に『奇は其の塞ぐところを知らず』『奇とは流れて止まらざるなり』とある。孫子の現代語訳では理解できなかった部分が、鬼谷子をよんですぐに内容が理解できた

他にも、孫子に『鎰(いつ)を以て銖(しゅ)を称(はか)るが若し』とある。これは鬼谷子に全く同じ表現が存在しており、孫子の書き下し文を知っていたおかげですぐに意味がとれた。

 

古文漢文は互いに引用しまくりあっているので似たような表現が他の本でも見られるし、漢字は表意文字なので知識と知識がリンクしやすい。現代語訳された物同士を突き合わせても知識のリンクは難しいだろう

以上のことから、さらっと一つだけ読むなら現代語訳だけ読めばいいが、それ以上求めるなら書き下し分も読んだ方がいいよね

同じところを何度も読む

貝原益軒の和俗童子訓に

四書を、毎日百字づつ、百へん熟読して、そらによみ、そらにかくべし

とある

何を言っているかというと

四書を(四書五経の四書。論語』『大学』『中庸』『孟子』の四つ)毎日100文字づつ(中国の古典なので漢文で書かれている)100回熟読して、暗唱し(黙読か音読かはわからない)、漢字を空中に書く(実際に書くのではなく頭で思い浮かべて書く)

100回も読めないって。。。。
わしは比較的眠たい人種なので、10回読んでいるうちに寝落ちしてしまう

暗記もできて、漢字も覚えれて、古典を読むには最適なのかもしれないが、続かないのでは意味がない

音読する

昔から古典を読むときや勉強するときなど音読が一般的であった。確かに眠くならないし、一説によると音読をすると脳全体が活性化して音読直後の記憶の容量が20~30%増えるなんて言われてはいるがデメリットもある。

 

音読する場合はもちろん声を出すわけだから声を出せる環境が必要である

黙読と音読の速さを比べてみると黙読の方が早くて音読の方が遅い。実際に孫子の虚実篇のある一節を黙読と音読で速度を比べてみると
音読:66秒 黙読:58秒

さらにいうと、自分は声を出すのが苦手というか億劫というかそんな感じなので音読は向いていなかった。

これも人によって合う合わないがあると思う。
音読ができる環境にあるし、多少時間がかかってもいいなら音読するべきだし、発音の練習として音読をしてみるのもいいかもしれない

 

余談だが、脳が活性化している自覚があるのが夜中に考え事をして目が冴えている時と、何か怒り散らしているときに脳が活性化すると考える(頭に血が登っているとき)。わしは、考え事をしているときには言葉を使うが、怒っているときには言葉を使わないので音読より黙読の方が性に合っている気がする。逆に、普段喋って頭に血が昇っている(怒るだけではなく会話などで)人は音読をした方が脳が活性化するのではないかなと思ったり。

今ベストだと思う読み方

まず方法から中国古典の漢文、書き下し文、現代語訳で説明させてもらう

 

  1. まず書き下し文を見る。『読めない漢字、読めるか読めないか怪しい漢字』『意味を知らない漢字』をリストアップしていく。
  2. イストアップした漢字を調べて意味と振り仮名を振っていく。
    (現代語訳も割と参考になるし、単語の意味と漢字一字の意味両方調べていくといい)
    (作品が全釈漢文大系にあれば国会デジタル図書館で公開されているので参考にするとよい。)
    (全釈漢文大系や新釈漢文大系くらいでないと総ルビの書き下し文や各字の意味を書いてある本はない)
  3. リストアップしたものを単語帳みたいに周回していく
    (周回は1日一回で十分)
  4. リストアップしたものが七割くらい覚えられたら、書き下し文を読んで詰まったらリストを振り返るようにする
  5. リストを見ずに書き下し文を読めるようになったら周回しまくる
    (周回は1日一回で十分。)
    (孫子が漢文で6000文字らしいが、書き下し文を一周すると45分くらいなので長い場合は分割。例えば上中下に分かれているのであれば上だけ周回していればいい。)

 

以下の効用がある
・なるべく原文に近い
・現代語訳をほとんど見ないので文字数が少ない
・一周が速い
・そのうち理解できる精神
・繰り返していくうちに暗記できる
・やればできる。難しくない
・理論として覚えるのではなく身に沁みていく感じがする

 

やればできることはやればできるので、やれると信じて励みましょう。byうい

まとめ

この記事では、わしが思う一番よい古典の読み方であるが、自分に合った読み方は人それぞれだろう。
自分の読み方を見つけて古典を楽しもう。

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この記事を書いた人

だいじろうのアバター だいじろう 引きこもりニート

徳島に生息しているアマチュアニート
まだ20代半ばなのに80歳くらいの活動量で日々過ごしている

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